自分の好きなところ
- UNISON SQUARE GARDENのファンであること。斎藤宏介さん、田淵智也さん、鈴木貴雄さんというスーパーミュージシャンを好きになったこと。北は旭川、南はコザまで、ライブがあればとにかく足を運んだこと。
- 特筆すべきは田淵さんのかっこよさにいち早く気付いたこと。「斎藤さんじゃなくて?」「あの怖い人?」そうです。
- とにかくユニゾンのライブが大好きなこと。有休取得理由第1位。彼らのライブでしか摂取できない栄養というものが、ある。
- UNICITY開設当初から入会してずっと更新し続けていること。FCは続かないからどんなに好きでも入らないと決めていたのに、2015年の武道館を見た直後、このバンドにはついて行くしかない!と思ってUNICITYのテントに駆け込んだところ。コンテンツ追うのめんどくさい派なのに提供されたコンテンツすべてに目を通している健気さ。絶対に答えてくれないだろうけど絶対に答えてほしい質問をコレ凹に送り続ける忍耐力。
- 男性ファンが多い下手側でも埋もれにくい身長。
- どれだけファンが増えても「ユニクラ」という言葉を忌み嫌っていたところ。他人が使うのは自由だけど公式で定められていないものは自称しないという遵守意識。
- クラップは音源やオマージュ元に忠実に、という遵守意識。
- ライブハウスで見るUNISON SQUARE GARDENが好きなところ。ライブハウスの楽しさはユニゾンに教えてもらった。フロアから出たそうな人がいたら積極的に道を作って出してあげるとか、体調悪そうな人がいたらスタッフ呼ぶとか、靴が脱げた人がいたら壁を作ってあげるとか、人の下敷きになってる人がいたら引っ張り出してあげるとか、マナーも身についていること。
- 指定席で見るUNISON SQUARE GARDENが好きなところ。自分のスペースがあり、周囲の熱気に影響されにくい環境で、自分とユニゾンの音楽の向き合い方、踊り方が身についていること。ギリギリまで仕事して向かっても席があるありがたみを知っていること。
- 情報を大量に出されると「一気に処理しきれないよ〜」と言いながらその日のうちにすべて目を通すオタク力。
- 都内や遠征先でメンバーに遭遇しても原則話しかけないところ。
- ユニゾンの御三方が努力しているから私も頑張ろう、で色々達成してきたところ。ファンとして恥の少ない人生を送ろうとする心意気。
- MCやセトリを大体覚えられる記憶力。特に斎藤さんは下ネタだろうがいい話だろうが理路整然としていたので脳の引き出しにとても入れやすかった。覚える能力がないからといってMCレポをする人に対して録音を疑う人にもしっかり憤りを覚えるところ。そもそも録音するやつが悪いので違反者見つけたらスタッフにチクるところ。
- ユニゾンのインタビューが掲載されている音楽誌は必ず買ってファイリングしていたこと。前述の記憶力も手伝って、何の雑誌の何月号に何の記事が載っていたか大体覚えているところ。ミュージシャンからしたら嬉しくないと思うけれど、そこでどんな考えを話していたかも覚えているところ。
- 「ユニゾンのライブにはMCがない」と安直に言わないところ。MCがあった時代からブラッシュアップされ削ぎ落とされていくロマンをリアルタイムで感じ取れたこと。
- 貴雄ちゃんが脱退すると聞いて、切なさはあれど驚きや怒りはなかったこと。UNISON SQUARE GARDENのことは凄すぎてわからないと思っていたけど、ちゃんと理解できていた部分もあったこと。
- UNISON SQUARE GARDENが活動休止を発表しても、自分の人生を止めようとは決して思わないところ。ロックバンドに教えてもらったことは大事に抱えて生きていこうとしている前向きさ加減。
- 21時に公式発表なのでSNS等に書かないでと言われたら絶対に書かないところ。内容に言及することはもちろん、匂わせや心情吐露も一切しないところ。
- 発表を見てから今日まで一度も泣いていないところ。
- 他にも趣味をたくさん持っていること。まだまだ忙しい。生きてく理由はひとつじゃない。やることいっぱい。
自分の嫌いなところ
- チケット運がやや弱いところ。関東ホール公演1階後方列(FC先行)、アリーナ公演4階後方列(FC先行)が常。コロナ禍は地上に降りることすら許されなかった。単番だからね。ただファンが増えたからとかじゃなくて昔からそう。Zepp Tokyoで整番Cでも絶対に前に行くという、気合いの使途相違。
- ユニゾンのライブで行きたいと思っていたが行けなかった府県があること。広島は行けてよかった。
- 貴雄ちゃんがグッズ担当を降りてからロケエクの利用頻度が減ったこと。ライブに行くときも昔のTシャツしか着なくなったこと。いっそ古参アピールならよかったのに、というかお布施と思って買えばいいのに、自分の好みに合わないデザインはどうしても購入・着用できなかった謎の正義感。ドラムに対する歪んだ義理堅さ。
- Limitedとかいう年齢制限企画をまだ根に持っていること。参加資格がなかった年齢層がまだ救済されていないのに、活動休止をするのはあんまりじゃないかと思っている執着心。
- 鹿野さんが斎藤さんのことを「宏介」と呼び出したタイミングはいつなのかをずっと気にしているところ。誌面での境界はわかるけど、突然呼び捨てになった感じなので、きっかけを知りたい。しばらくは「宏介くん」と呼んでいたのに…!「ブチくん」はどことなく「フジ」を思い出す。
- もう君に会えないにモデルがいると明言したことにショックを受けたところ。歌詞を読めば想像はつく、それでも旧来のスタンス通りにモデルがいるかいないかは明かさないでくれたらよかったのにと感じている余計なこだわり。
- 田淵さんが一向に髪を短くしなくなってしまったことに悲しみを覚えていること。くるくる短髪をずっと待っている往生際の悪さ。
- 近年都民をデカ箱に押し込むようになったことに不満を抱えてきたこと。ガーデンシアターの動線に毎回文句を言っている懲りなさ。
- 一般ファンのSNS投稿やブログ等の文章をコピペ・改変してわからないように繋ぎ合わせてレポを作成するようなライターのことは許せないところ。
- うるわしの前の晩で終わりにすると最後のライブが堂島30thになってしまうから、先輩のアニバーサリーでそういうことはできないというのはわかる。でもまだライブやる力があるなら小規模でもツアー組めなかったのか、と少しでも頭をよぎったこと。君の街まで会いに行くを信じ過ぎてしまったところ。最後と思ってライブを見られるだけでもありがたいのにね。
- 現時点では休止前に見た最後のUNISON SQUARE GARDENは堂島孝平さんと共に演奏したSHORT CUTTER! -音の遊撃手-ということになる!それもいいな!と幕張不参加も選択肢にあったこと。
- BUMP OF CHICKENというバンドを20年くらい応援していたことがあり、ファンを辞めるときに「小さな違和感を無視しない」と心に決めたのに、またも事勿れ主義が発動したところ。
- サイン会で田淵さんに会えたのに、活動を止めても大丈夫ですよって面と向かって言えなかったこと。そんな一言の有無で何も変わらないのに、それを引きずっていること。
- バンドは脆いってわかっていても、ユニゾンだけは例外だと信じて疑わなかったこと。周年等でも道のりの険しさを本人たちが示していたのに、それでも25周年、30周年は迎えられると思っていたこと(まだ可能性は残されている)。25周年にもう一回トリビュートやるかな、などと考えていた能天気な頭。
- 今回のことが発表されたとき、同業からも様々な反応があったけど、先輩だろうと後輩だろうとエモ消費だけは絶対に許せなかったこと。「〇〇くんの好きなユニゾン活動休止しちゃう!〇〇くん大丈夫かな?」とかいう便乗心配投稿する他のバンドのファンをはっ倒したくなるところ。
- 今後、音楽と自分の距離が少し遠くなりそうなところ。世界に溢れる音楽が全部つまらなくなりそうなところ。ユニゾンがいないロックシーンに価値があるとは思えないところ。でもそんなことも言ってられないので、意識して曲を聴いたりライブに足を運んだりしたい。CDを買い、ライブに行き続けているミュージシャンはだいぶ限られてきてしまったものの、米津玄師、堂島孝平、GRAPEVINE、ZIONとの縁は大切にしたい。星野源はしばらく浮上少なそうだしなあ。傷口をどうやって塞ごうか思案していたらANNOSKIが届いて、音楽に救われてきた人生を再認識した。
活動休止前のUNISON SQUARE GARDENに贈りたい歌は、BUMP OF CHICKENの"グッドラック"。
くれぐれも気を付けて 出来れば笑っていて
騙されても疑っても 選んだ事だけは信じて
笑われても迷っても 魂の望む方へ
思い出してもそのままで 心を痛めないで
君の生きる明日が好き その時隣にいなくても
言ったでしょう 言えるんだよ いつもひとりじゃなかった
いろんなことを教えてもらったユニゾンからあまり教わった記憶がないのは、お別れの仕方。だからちょっとだけ藤原基央さんから言葉を借りたよ。
幕張はチケットも休みも確保できていて、今の所行けそう。まだ気持ちは整理途中だけど、実は30周年までは8年もあるんだなとふと気付く。こういう紆余曲折もきっとロックバンドのストーリーの一部なんだと言い聞かせる。真っ暗闇の中で何かを手繰り寄せるような心細さと不安定さを携えて、3人(これは見慣れたあのシルエットの3人を指す)で戻ってくる可能性にかけるという手もある。
今後の活動には期待せず完全に離れる方が簡単ではあるものの、たとえどんな形であったとしても(それが自分の望む姿でなかったとしても)、彼らの戻ってくる席を烏滸がましくも空けておくという姿勢を、今後の過ごし方の選択肢として頭に入れておきたい。UNICITYのスタッフブログを読んで、強くそう感じた。
今、アザレアの風を改めて聴くととても苦しい。まだライブで一度も聴けていないけれど、幕張で演奏されなかったとしてそれはそれで構わない。いつまでも懲りずに待ち侘びるための口実になるから。
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